犬の心不全では、体内に余分な水分がたまることで肺うっ血や肺水腫などを引き起こす可能性があります。こうした状態の改善に使われる代表的な薬が、ループ利尿薬のトラセミドとフロセミドです。

どちらも尿量を増やして余分な水分を排泄する薬ですが、利尿作用の強さや作用時間、投与方法などには違いがあります。そのため、犬の状態や治療の目的に応じた使い分けが重要です。

本記事では、トラセミドとフロセミドの特徴や作用の違い、犬の心不全における使い分けについて解説します。

トラセミドとフロセミドは何が違う

トラセミドとフロセミドは、どちらも犬の心不全などに使用されるループ利尿薬です。どちらも尿量を増やして体内の余分な水分を排泄する働きがありますが、利尿作用の強さや作用時間などに違いがあります。

そのため、犬の心不全では病状や治療の目的に応じて使い分けられます。

ここでは、トラセミドとフロセミドそれぞれの特徴について解説します。

トラセミドの特徴

トラセミドは、犬のうっ血性心不全に伴ううっ血や肺水腫、胸水、腹水などの改善や維持に使用されるループ利尿薬です。フロセミドと同じように、腎臓でのナトリウムや水分の再吸収を抑え、尿量を増やします。

トラセミドの主な特徴は、フロセミドと比べて少ない投与量で強い利尿作用が得られやすく、作用時間も長いことです。犬用のトラセミド製剤では、1日1回の経口投与が用法として設定されています。

主な特徴をまとめると、以下のとおりです。

  • ループ利尿薬として作用
  • NKCC2を阻害する仕組み
  • 少ない投与量で利尿作用を得やすい
  • 作用時間が長い
  • 経口投与が基本
  • 1日1回投与が可能
  • 慢性心不全の維持治療での使用
  • 利尿による脱水・腎機能・電解質への影響

フロセミドの特徴

フロセミドは、犬の心不全で広く使用されてきた代表的なループ利尿薬です。腎臓でナトリウムや水分の再吸収を抑え、尿として排泄される水分量を増やします。

フロセミドの特徴は、経口薬として慢性的な心不全の管理に使用できるだけでなく、注射薬として急性の肺水腫などにも使用できる点です。犬の心原性肺水腫では、静脈注射などによって速やかに利尿作用を得ることが重要です。

主な特徴をまとめると、以下のとおりです。

  • ループ利尿薬としての作用
  • NKCC2を阻害する仕組み
  • トラセミドより投与量が多くなりやすい
  • トラセミドより作用時間が短い
  • 経口投与
  • 注射による投与
  • 急性心不全・肺水腫での使用
  • 脱水・腎機能・電解質への影響

犬の心不全ではどう使い分ける

トラセミドとフロセミドは、どちらも犬の心不全に伴ううっ血を改善するために使用されますが、すべてのケースで同じように使われるわけではありません。

慢性心不全の維持治療では経口薬として使用される一方、急性の肺水腫など、速やかに利尿が必要な場合にはフロセミドの注射が用いられることがあります。

また、犬の症状や腎機能、脱水の程度などによって、投与量や回数を調整することも重要です。

ここでは、犬の心不全におけるトラセミドとフロセミドの使い分けについて解説します。

慢性心不全では経口投与による維持治療

慢性心不全では、肺うっ血や肺水腫などの再発を防ぎながら、長期的に症状をコントロールしていくことが重要です。利尿剤は、体内の余分な水分がたまるのを抑え、心臓への負担を軽減する目的で継続的に使用されます。

慢性期の治療では、犬が自宅で無理なく続けられるよう、基本的に経口薬として投与します。フロセミドは犬の心不全で長く使用されてきた利尿剤で、作用時間が比較的短いため、1日に複数回投与することがあるでしょう。

一方、トラセミドはフロセミドより作用時間が長く、1日1回の投与で使用できる点が特徴です。投与回数を減らせるため、長期的な治療を続けるうえで、飼い主さんにとって投与管理がしやすいというメリットもあります。

ただし、トラセミドとフロセミドのどちらを使用するかは、投与回数だけで決まるものではありません。心不全の重症度やうっ血の程度、これまでの治療への反応、腎機能などを確認しながら、犬の状態に合った薬を選択することが大切です。

また、利尿剤を長期的に使用すると、脱水や腎機能、電解質バランスに影響することがあります。そのため、定期的な検査を行いながら、必要に応じて投与量や投与回数を調整していきます。

急性心不全ではフロセミド注射が重要

急性心不全によって肺水腫などが起こった場合は、呼吸状態を早く改善するため、速やかに体内の余分な水分を減らす必要があります。こうした緊急性の高い場面では、フロセミドの注射が重要な治療のひとつです。

フロセミドは注射によって投与できるため、口から薬を飲ませることが難しい状態でも使用が可能です。また、注射では経口投与よりも速やかに作用が現れるため、呼吸が苦しい犬など、早急な利尿が必要な場合に適しています。

特に心原性肺水腫では、肺の血管から漏れ出した水分によって呼吸が苦しくなります。フロセミドによって余分な水分の排泄を促し、肺うっ血や肺水腫の改善を図ることが治療の目的です。

一方、トラセミドは基本的に経口投与で使用されるため、急性期の緊急治療よりも、状態が落ち着いた後の慢性的な心不全の管理に適しています。ただし、フロセミドで十分な利尿効果が得られていない場合などには、トラセミドが選択されることもあるでしょう。

このように、急性期では、「どれだけ早く利尿させる必要があるか」慢性期では「どのように安定した状態を維持するか」という違いも、薬を使い分けるうえで重要なポイントです。

投与量・回数は犬によって異なる

利尿剤の投与量や回数は、犬の状態に合わせて調整することが重要です。心不全の重症度やうっ血の程度、現在の症状、腎機能などによって、必要な利尿の程度が異なるためです。

肺うっ血や肺水腫が強い場合には、十分な利尿効果を得るために投与量を増やしたり、投与回数を調整したりすることがあります。一方で、利尿作用が強すぎると脱水を起こしたり、腎機能や電解質バランスに影響したりする可能性もあるため、単純に薬の量を増やせばいいわけではありません。

特に長期的な治療では、呼吸状態だけでなく飲水量や尿量、食欲、体重などの変化も重要な判断材料です。血液検査で腎機能や電解質の状態を確認しながら、必要に応じて投与量や回数を見直します。

このように、利尿剤は「どの薬を使うか」だけでなく「どのぐらいの量をどのぐらいの頻度で使うか」まで含めて管理することが大切です。自己判断で増減せず、定期的な診察を受けながら、その犬に合った投与方法を検討する必要があります。

研究ではトラセミドとフロセミドに違いが示されている

トラセミドとフロセミドの違いは、薬の作用や投与方法だけでなく、実際の犬を対象とした研究でも検討されています。尿量やナトリウムの排泄量を比較した研究に加え、心不全の犬を対象に治療効果や安全性を調べた臨床試験も報告されました。

ここでは、両薬の利尿作用を比較した研究と、心不全の犬で治療効果を比較した研究を紹介します。

治療作用を比較した研究

トラセミドとフロセミドの利尿作用を比較した研究では、トラセミドはフロセミドより少ない投与量で同程度の利尿作用を示し、作用時間も長いことが報告されています。

2003年に発表された研究では、健康な犬と僧帽弁逆流のある犬を対象に、トラセミドとフロセミドを経口投与し、尿量や尿中のナトリウム・カリウムの排泄量を比較しました。その結果、フロセミドの利尿作用は投与後2〜3時間でピークに達し、約6時間で消失した一方、トラセミドは投与後2〜4時間でピークとなり、約12時間にわたって作用が持続しました。

また、同研究では、トラセミドはフロセミドのおよそ10分の1の投与量で、同程度の利尿作用を示すことも確認されています。ただし、これは特定の条件下で得られた研究結果であり、すべての犬で同じ比率になるとは限りません。

この研究から、トラセミドは少ない投与量で利尿作用を得やすく、作用時間も長いという特徴が示されました。ただし、健康な犬などで確認された薬理作用が、そのまま心不全の犬の治療成績を意味するわけではありません。実際の治療効果については、心不全の犬を対象とした臨床研究も確認することが必要です。

心不全の犬で比較した研究

心不全の犬を対象とした研究では、トラセミドとフロセミドのどちらが症状の改善に役立つのか、また安全性にどのような違いがあるのかが検討されています。

2017年に発表されたTEST Studyでは、変性性僧帽弁疾患に伴ううっ血性心不全の犬366頭を対象に、トラセミドとフロセミドの治療効果を比較しました。犬たちは標準的な心不全治療を受けながら、トラセミドを1日1回、またはフロセミドを1日2回、約3カ月間経口投与されました。

その結果、治療成功率について、トラセミドはフロセミドに対して劣らない結果(非劣性)を示しました。また、心臓に関連する死亡や心不全の悪化などをまとめた評価項目では、トラセミド群のほうが、その評価項目に到達するリスクが低いという結果も報告されています。

ただし、この結果だけで、トラセミドがすべての犬においてフロセミドより優れていると断定することはできません。研究の対象や評価期間には限りがあり、腎機能や副作用なども含めて個々の犬の状態を考慮する必要があります。

この研究は、トラセミドが犬の慢性心不全治療において有効な選択肢となることを示す重要な報告です。

トラセミド1日1回とフロセミド1日2回を比較した研究

トラセミドとフロセミドの使いやすさを考えるうえでは、投与回数の違いも重要です。トラセミドは作用時間も長く、1日1回の投与で使用できるため、フロセミドを1日2回投与する方法と比べて、投薬管理の負担を軽減できる可能性があります。

この点を検証した臨床研究のひとつが、2020年に報告されたCARPPDIEM Studyです。変性性僧帽弁疾患に伴う新規発症のうっ血性心不全の犬319頭を対象に、トラセミドを1日1回投与とフロセミド1日2回の投与を比較しました。

治療開始から14日目の評価では、肺水腫や咳の改善などを含む治療基準を満たした犬の割合は、トラセミド群で74.4%、フロセミド群で73.5%でした。トラセミドは、この主要評価項目においてフロセミドに対する非劣性を示しています。また、84日目の治療効果についても、両群で同程度の結果が得られました。

さらに、死亡や心臓に関する理由による安楽死・試験中止などを含む評価項目に達するまでの期間は、トラセミド群で長い結果となりました。ただし、これらは研究で設定された評価項目に基づく結果であり、すべての犬で同じ経過が得られることを保証するものではありません。

これらの研究から、トラセミドは1日1回の投与でも、フロセミド1日2回投与する方法に劣らない治療効果を示すことが分かります。一方、どちらの薬を選ぶかは投与回数だけで決まるものではなく、心不全の状態や腎機能、治療への反応、副作用などを踏まえて判断することが大切です。

まとめ

トラセミドとフロセミドは、どちらも犬の心不全に伴う肺うっ血や肺水腫などの改善に使用されるループ利尿薬です。どちらも余分な水分を排泄を促す働きがありますが、利尿作用の強さや持続時間、投与方法などに違いがあります。

フロセミドは長年にわたって犬の心不全治療に使用されており、経口薬だけでなく注射薬もあるため、急性の肺水腫など、速やかな利尿が必要な場面でも重要な役割を担います。一方、トラセミドは作用時間も長く、1日1回の投与で使用できる点が特徴です。

実際に、犬の心不全を対象とした臨床研究では、トラセミドはフロセミドに劣らない治療効果を示したことが報告されています。ただし、どちらの薬が適しているかは、心不全の重症度や腎機能、これまでの治療への反応などによって異なります。

利尿剤を安全に使用するためには、呼吸状態や体重、飲水量、尿量などの変化に注意するとともに、定期的な血液検査で腎機能や電解質の状態を確認することが大切です。薬の種類や投与量を自己判断せず、獣医師と相談しながら、その犬に合った治療を続けていきましょう。