1. 疫学

猫のフィラリア症は、犬のフィラリア症(犬糸状虫症)ほど一般的ではありませんが、特に温暖な気候や湿潤な地域で見られます。フィラリア(Dirofilaria immitis)は主に蚊を媒介として感染し、世界中の多くの地域で報告されています。
日本でもフィラリア症は存在しており、特に西日本の一部地域でリスクが高いとされています。
猫は犬に比べて感染率は低いものの、成虫が感染を引き起こした場合には重篤な症状を引き起こすことが多いです。

2024年現在、開院以降、当院で猫のフィラリア症を疑う症例は一度も出ていません。
30年前はほとんど注目されることのない病気であったため、潜在的にはいたのかも知れませんが、かなり珍しい病気だと思われます。

2. フィラリアの生活環

フィラリアの生活環(繁殖するサイクル)は複雑で、終宿主(成虫が寄生する宿主)は犬であり、と中間宿主(幼虫が寄生する宿主)は蚊です。

飼い主さんは「フィラリア=蚊が移す病気」と考えていただければ問題ありません。

  1. 蚊の刺咬: 蚊がフィラリア感染動物の血を吸う際に、幼虫(ミクロフィラリア)を取り込みます。
  2. 蚊内での発育: ミクロフィラリアは蚊の体内で第1期幼虫(L1)から第3期幼虫(L3)に発育します。このプロセスは気温に依存しており、気温が高いほど早く進行します。
  3. 猫への感染: 感染した蚊が猫を刺す際に、L3幼虫が皮膚を通じて宿主の体内に侵入します。
  4. 体内移行と成熟: L3幼虫は猫の体内で第4期幼虫(L4)に変わり、その後、最終的に成熟した成虫に成長します。猫の体内での成虫の生存期間は一般的に2〜3年とされていますが、犬よりも短命です。
  5. 血流への進入: 成虫は肺動脈や心臓に移動し、そこで生存します。猫の場合、成虫は少数(1〜3匹)であることが多く、ミクロフィラリアを産出しないことが多いです。

3. 診断

猫のフィラリア症の診断は、犬に比べて難しい場合があります。これは、猫のフィラリア症がしばしば少数の成虫によって引き起こされ、さらにミクロフィラリアが検出されにくいためです。

  • 抗原検査: 成虫のメスから分泌される抗原を検出するテスト。成虫の数が少ない場合や全てがオスの場合、偽陰性となる可能性が高いです。
  • 抗体検査: フィラリアに対する抗体の存在を確認する検査。これにより、感染の有無を間接的に評価できますが、感染が過去のものである場合や誤検出のリスクがあります。
  • 画像診断: 胸部X線撮影や超音波検査により、肺動脈や心臓の異常を確認します。これにより、フィラリア症の可能性を示唆する所見が得られることがあります。
  • 臨床症状: 猫では咳、呼吸困難、嘔吐、食欲不振、突然死などの症状が現れることがあります。これらの症状がフィラリア感染に起因する可能性がある場合、さらなる検査が推奨されます。

4. 治療

猫のフィラリア症に対する治療は、犬と同様にはいきません。成虫を殺すことが猫にとってリスクが高いため、治療は主に支持療法となります。

  • 支持療法: 症状に応じて、酸素投与、ステロイド、抗炎症薬などを使用して症状の管理を行います。
  • 予防的治療: 感染が確定した場合や感染が疑われる場合、成虫を殺さずに幼虫を駆除するための予防薬(イベルメクチンやミルベマイシンオキシムなど)を使用することがあります。
  • 外科的治療: 重度の症状があり、フィラリア成虫の存在が確実視される場合、手術による成虫の除去が選択肢となることがあります。ただし、リスクが高いため慎重な判断が必要です。

5. 予防法

フィラリア症は予防が最も効果的です。猫のフィラリア予防には以下の方法があります。

  • 予防薬の投与: 月に1回の投薬で、フィラリア幼虫(L3)の体内発育を阻止します。イベルメクチン、ミルベマイシンオキシム、モキシデクチンなどが一般的に使用されます。これらは経口薬、外用薬として使用されます。
  • 蚊の防除: 蚊の発生を抑えるために、室内飼育を推奨し、蚊が屋内に入らないように網戸を使用することが重要です。また、蚊を寄せ付けないための忌避剤の使用も検討されます。
  • 定期的な健康診断: 定期的に健康診断を受け、フィラリア症の早期発見に努めます。特に、フィラリア症が流行している地域では重要です。

猫のフィラリア症は、犬に比べて発症頻度は低いものの、重篤な症状を引き起こす可能性があるため、予防と早期発見が重要です。適切な予防策を講じることで、フィラリア感染のリスクを大幅に低減できます。

当院では猫のフィラリア症予防が可能な予防薬を処方しています。

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